ブラレイコ

ブラっと訪れた人生の寄り道からの学びを、ゆるふわに綴る場所

現代にも役立つ、日本文化が育んだ「3つの思想」とは?

日本の伝統文化が育んできた思想が、より良い未来をつくるヒントになる気がする。


今回は、その思想って具体的に何なのかについて深堀ってゆく。

このテーマは、ここ最近ずーーーっと考え続けていたことであり、今なおモヤっとしている。
なので、現時点での解釈として、まとめておく。

 

現代に活きる日本文化の思想とは

3点あるのではないか、と考える。

1つ目は、自分自身と向き合うこと。

2つ目は、相手を思いやること。

3つ目は、独特な美意識。


1つずつ解説していきたい。

  

・1つ目の「自分自身と向き合う」について

前回の記事にも通じるのだが、特に 武道には、周りと比べるのではなく自分自身との戦いといった精神を強く感じる。

reicoouchi.hatenablog.com


以前、小笠原流 礼法を習ったときに次の様な説明を受けた。

武士道は、もともとは武士が命がけでつくり上げてきた動き・考え方のこと。
しかし、江戸時代になり世の中が平和になってからは、相手ではなく自分自身を鍛える、精神鍛錬に変化していった。 


相対的ではなく、絶対的な物事の考え方。

これによって、何事にも動じず、常に自分のペースでパフォーマンスを発揮できる状態を作ることができる。

また、外の情報に流されることなく、自身の心に従って意思決定をすることができる。

人の目や反応が気になりがちの現代社会において、この「自分自身を見失わないこと」はとても大切なことだと思う。

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小笠原流 三十一世宗家嫡男 小笠原 清基さんの講座受講の様子


武道においては、「型」を身に着けるという訓練があるが、これもまた自分自身の「心」を鍛えていることに通じてるのだと思う。

柳生新陰流の宗家のお話を伺った際に、次のようなことを仰っていた。

堅を身につけることは、応用が効くということ。


暗記したり、美しく魅せるのではなく、
戦いの時にどのような相手の攻撃に対しても、常に型を発揮できる状態を目指すのだそう。

そのためには、「性自然」と言って、自然の活(はたら)きに従うことで、私心なく身体全体でのびのびと刀を使うことが求められる。その背景には、性の自然に循(したが)えば、物事に適切に対応できるという教えがある。

「性自然」は、自我が剥き出しになったり、緊張したり、力んでしまったら出来ない。

何事にも動じず、常に自分のペースでパフォーマンスを発揮できる状態が求められる(2回目)

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柳生新陰流二十二世宗家 柳生 耕一さんの講義の様子


このように、武道には、自分と向き合うことによる「心の鍛錬」の思想がベースにあり、
現代のストレス社会を生きる私たちにとっても、大切なものだと感じる。


 

・続いて、2点目「相手を思いやる」について

礼法や茶道や和食には、いま目の前にいない相手を思いやる所作がある。

相手を喜ばせるために手を凝らす。それはまさに、おもてなしの心だ。

茶道では、ゲストとの空間を最高の場とするために、掛け軸や花を選び備えておく。そこには、相手に届けたいメッセージが潜んでいる。

相手のために、時間や手間を惜しまない。
そんな、茶の湯に感じるおもてなしの精神は、日々の生活の中でも受け継いでいきたいと思った。

▲根津にある、江戸千家茶の湯にて 第十代家元 川上宗雪さんの講座の様子


また、思いやる相手というのは 親しい間柄の人だけとは限らない。
人の上に立つ場合にも、当てはまる。

「礼」の文字自体は、古くは十七条の憲法の第四条にも書かれている。

四に曰く、群卿百寮ぐんけいひゃくりょう、礼をもっもとよ。れ民を治むるの本は、かならず礼に在り。上礼かみれいあらざれば、しもととのわず、下礼しもれいなければ、必ず罪あり。ここを以て、群臣礼ぐんしんれいあるときは位次いじ乱れず、百姓礼ひゃくせいれいあれば、国家おのずかおさまる。

十七条憲法|十七条憲法(原文・現代語訳・解説・英訳)

現代語訳はこちら。

政府高官や一般官吏たちは、礼をいつも基本としなければならない。人民をおさめる根本は、必ず礼にある。上に立っている者が礼法にかなっていないときは下の者の秩序は乱れ、下の者が礼法にかなわなければ、必ず罪を犯す者が出てくる。それだから、群臣たちに礼法がたもたれているときは社会の秩序もみだれず、庶民たちに礼があれば国全体として自然に治まるものだ。 
十七条憲法|十七条憲法(原文・現代語訳・解説・英訳)

 つまり、位の高い人も低い人も、「礼節」を守れば国はうまく治められると考えていた。

そこから始まり、武家の礼法が確立され、人の上に立つ者の心構えとして、将軍家をはじめ武士たちにも礼法が広まっていったと思われる。

 

 

・最後に、3つ目「独特な美意識」について

日本文化の美意識というのは、色々な切り口があるのだろうと思うが、
ここでわたしが伝えたいのは、無駄なものを削ぎ落とすという美意識だ。


以前、こちらの記事の中にもご紹介した内容なのだけど、

reicoouchi.hatenablog.com

 禅宗が日本に入ってくると禅寺が造営され、その一角に枯山水が出現する。中国の庭園は、植物も石も多々あるのに対して、日本の枯山水は最小限の石と植栽だけで作られ、水も使わずに石だけで水の流れを表現している。中国のものからの「引き算」が行われている

 

この引き算の考え方は、とても興味深い。
枯山水だけでなく、例えば 短歌・俳句などの文字を制限した中で表現をする文化も当てはまると思う。

枯山水も俳句も茶の湯も、全部が揃っていないからこそ、そこに何かを感じる ような、想像力が掻き立てるような感覚がある。

 

また、小笠原流の礼法のお話の中でも、次のような説明がされている。

「(礼法の)その『形』に求められることは、『実用、省略、美』に要約できます。つまり、日常の行動として役に立ち、無駄なく、他から見て美しい立ち居振る舞いのことです」
https://www.odakyu-leafia.jp/life/article05.html

 

この 「合理的」と「シンプル」を兼ね備えた状態に「美しさ」を感じるという考え方が、日本文化には共通しているのではないか、と思う。

無駄なものを削ぎ落とした先の、本質だけを残す
これは、禅の考えである、究極の引き算思考に繋がっているのかもしれない。

(ちょっとこの辺りは、わたしの理解もまだ追いついていない感じ)

 

 

本物の文化体験が、わたしたちに教えてくれること

改めて、わたしが考える「日本の伝統文化が育んだ思想」を纏めてみると、このようになる。


・自分自身をブラさずに、自分の心に正直に生きること。

・相手を思いやり、相手のために行動を起こすこと。

本質をシンプルに表現する「美しさ」を求めること。


この思想が、心豊かな人生を生きるヒントになると信じてる。 

いまを生きるわたしたちにとっても大切な考え方なのだと思うし、何百年も前から日本人がそうしてきたように、これからも受け継いでいくべき思想なのだと思う。

これらは、言葉で知るだけでなく、日本文化を体感することで、この言葉の本当の意味というのがきっとわかるはず

わたしは、そういった場を現代に増やしていき、この思想を日常に取り入れて生きる人が増えたいいなあと願っている。



最後に、少しだけ宣伝を。 


今回、子供たちに文化体験を贈ることを目的にした、チャリティイベントを開催する。 

小さい頃から本物の文化に触れる機会があれば、自ずと思想の理解も深めていけるのではないかと思う。

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イベント名:GIFT for Children2020
日時:11/21(土)10:00~21:00 オンラインイベント
参加費:無料(事前登録が必要)
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能楽・華道・礼法・おもてなしについて、人間国宝やお家元の先生方が直接(オンライン)指導をしてくれるという、とても贅沢なイベントだ。

子供たちが、日本文化を体験する「最初の一歩」として、絶好の機会だと思うので、ご興味があれば、ぜひお申し込みください。


<Gift for Childrenとは>

youtu.be


▼GIFT for Children 2020イベントサイトはこちら

 


最後まで読んでくださり、ありがとうございました ☺︎