ブラレイコ

2020年東京オリンピックまでに知っておきたい日本の魅力をマイペースにゆる〜く記録☺︎

渋谷で土偶に出会うとき

渋谷に、古(いにしえ)の日本を感じられるスポットがあるという。しかも、無料で。

 

そんな噂のスポットに、遂に本日行ってきた!

 

f:id:reicoouchi:20171210030032j:image 

そう、ここは 國學院大学博物館

渋谷駅から徒歩10分強、大通りからは少し奥まった國學院大学の敷地内にあり、一般の人も自由に入れる博物館だ。(しかも、無料で! )

 

この博物館では、”日本の「モノ」と「心」を知る” をコンセプトに、國學院大学が蓄積した資料と研究成果を公開している。

当館は、日本文化の講究に必要な文化財を収集・保存し、学術的な研究成果を一般に公開するとともに、広く学内外の研究教育活動に資することを目的として設置された大学博物館です。(博物館HPより)


展示スペースは、大きく3つ。考古・神道・校史それぞれの観点から日本文化の精神性と歴史を私たちに教えてくれる。

f:id:reicoouchi:20171210030602j:image

f:id:reicoouchi:20171210030610j:image

▲博物館パンフレット。黒に金が映えるデザインがカッコいい。マニアックな雰囲気がムンムン。

 

今回訪問したタイミングでは、常設展に加え、企画展「神道の形成と古代祭祀(こだいさいし)」と特集展示「祭礼と仮装(コスプレ)」を開催していて、かなり見応えがあった。


特に、博物館の「祭り」に対する捉え方が興味深かったので、纏めてみよう。

 

沖ノ島が教えてくれる古代の神祭り

今年の7月、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」が正式に世界遺産へと登録された。

www.buzzfeed.com

沖ノ島には、4〜10世紀の古代祭祀(こだいさいし)がほぼ手付かずな状態で残されいる。この遺跡の数々は、神道の歴史を紐解くうえで、重要な役割を果たしているという。

神道という言葉が最初に出てきたのは、日本書紀(720年完成)。なので、それ以前の古墳時代(3〜6世紀)に行われていた古代の祭祀(神祭り)を知ることは、神道のはじまりを知ることに繋がるのだ。

 

沖ノ島の古代祭祀調査により、祭祀の場所と奉献品の変遷が明らかになった。

祭祀場所は、時代とともに、巨岩の上、巨岩の陰、そして露天の平坦地へと移っていく。奉献品も、鏡・剣・玉から、祭祀用に作られた土器・金銅製の紡織具・人形・琴などに変化し、量も増えいった。

おそらく、最初は、地元民たちが島にある巨大な岩に神を感じ、漁港の「航海安全」を祈っていたのだろう。

しかし、沖ノ島という場所柄、大和王権の大陸進出するうえでの「国家的な航海神」へと変わり、国家レベルの祭祀をするように変化していったのだ。


そう考えると、祭祀は、当時の国家戦略の1つ、外交を支えるたいせつな施策の1つと言えるのかもしれない。
祭祀と国家の関係って、思っていた以上に深く密接だ…… 。


もっと具体的に知りたい方には、こちらの記事がわかりやすくておすすめ。

www.okinoshima-heritage.jp


ちなみに、千葉県からも、5〜6世紀の祭祀遺跡の発掘がされており、時代の変遷を感じることはできる。

f:id:reicoouchi:20171210030802j:image

▲博物館内では、千葉県の出土品の数々が展示されている。写真奥にあるのが、5世紀ごろの奉献品。(こちらは企画展のため12/10にて終了)

 

 

受け継がれている季節の祭り

現代にも、祭りは受け継がれている。博物館の常設展には、四季折々の代表的な祭りの展示が数多くあり、その起源を知ることができる。

印象的であった2つの祭りを紹介する。

 

平安時代に「祭り」と言えば、この葵祭(あおいまつり)を意味したという。

祭りの起源は、次の通り。現在も、国家安泰、国民の安寧を祈念している。

古墳時代後期の欽明天皇(540 ~571年)のとき、凶作に見舞われ飢餓疫病が流行したため、天皇が勅使をつかわし「鴨の神」の祭礼を行ったのが起源とされている。上賀茂、下鴨両神社の例祭で、祇園祭時代祭とともに京都の三大祭に数えられている。(京都新聞 葵祭


葵祭は、時代のなかで廃止・再興を繰り返し、形を変化させながら現在に至る。一時期は簡略化されていた内容も、昭和30年以降は後援関係者の力により再興された。

現在では、季節イベントとしても定着し、伝統を守ると同時に現代の観光資源にもなっているように感じる。

平安時代の装いを忠実に再現し、総勢500名が列をなし歩く姿は絵巻物の世界そのもの。ぜひ動画をご覧ください。

www.youtube.com

 

  • 鎮花祭(はなしずめのまつり) 奈良:大神神社(おおみわじんじゃ)

日本最古の神社と言われる大神神社(おおみわじんじゃ)が執り行う。平安時代書物には、国家祭祀としての記載されている由緒ある祭り。

崇神天皇の御代に疫病が大流行した時、大物主大神が疫病を鎮められました。病気鎮遏(ちんあつ)のご神徳を仰ぎ、更には荒魂(あらみたま)を奉祭する狭井神社の霊威のご発動をも願って、大神神社狭井神社の二社で鎮花祭が行われたもので、疫病除けの祭典として二千年来の由緒があります。(大神神社HP


当時は、疫病を鎮めるための国家プロジェクトとしての祭りであったに違いない。

しかし、時代とともに形は変わった。

現在は、奈良・大阪・京都をはじめ各県の製薬業者や医療関係者が多数参列し、多くの医薬品が奉献されることから「薬祭り」と呼ばれている。

人々の健康を願うことは変わらないと思うと、理にはかなっている。歴史深い神社であるが、発想が柔軟で寛容だなあと思う。


祭りの雰囲気を知るには、こちらのGYAO!動画がおすすめ。(鎮花祭以外も、全国の祭りが特集されている「日本の祭りチャンネル」。これらも要チェック! )

gyao.yahoo.co.jp

 

 

変化していく「伝統」をどう理解する?

今回のテーマである「祭り」。伝統文化の1つとして伝承されるイメージが強いが、その実態はもう少し複雑であった。

時代によって、その位置づけ・規模・表現の仕方などは変化していく。いまの「祭り」は、時代に合わせて多様に変化をし、それを寛容に受け入れてきたから残っているのだと思う。

「神さまをお迎えし、お供え物を奉り、私たちの暮らしを守ってもらう」という根幹は変わらずに、変えられるところは変えていく。大神神社の「薬祭り」の事例は、まさにここに当てはまる。

 

 
改めて、博物館のパンフレットに目を向けると、このような記載があった。

”日本の「モノ」と「心」を知る” 

長い伝統をもつ日本文化。その精神性「心」を、「モノ」から明らかにし、多くの方々に知っていただく、ここに國學院大学博物館の目的があります。(國學院大学博物館館長・教授  笹生 衛氏)

 

伝統文化は変化するが故に、その精神性「心」を汲み取ることは難しい。でも、その時代時代に表現された「モノ」を知ることで「心」を紐解くことはできる。

勝手な解釈甚だしいかもしれないが、わたしにはそんなメッセージに聞こえた。

 

精神性「心 」を知るために、「モノ」を知る。

そうなると…… 今後もこの博物館に足を運ぶことになりそうだ。(無料って最高だね! )

 

f:id:reicoouchi:20171210031142j:image

▲こちらは博物館で一目惚れした縄文時代の遮光器土偶。この佇まいに、癒しを感じるのは、わたしだけではないだろう。

また会いに行こう、このキュートな土偶に。そして感じてみよう、このうちに潜む「心」を。

 

楽しみにはつづく☺︎