名作誕生の裏にある「つながり」を辿る
ゴールデンウィークのはじまりは、東京国立博物館で開催中の特別展へ。
「名作誕生 –つながる日本美術」と題し、日本美術史に誇る「名作」誕生のドラマに迫る展示とのこと。
なんとも、そそられるテーマである。
東博の特別展サイトには、次のような説明が書かれている。
日本美術史上に輝く「名作」たちは、さまざまなドラマをもって生まれ、受け継がれ、次の名作の誕生へとつながってきました。本展では、作品同士の影響関係や共通する美意識に着目し、地域や時代を超えたさまざまな名作誕生のドラマを、国宝・重要文化財含む約130件を通してご紹介します。
そして、このイメージムービー。豪華な作品の数々に、期待が膨れ上がる。
さらに、特別展監修者のひとりである、佐藤康宏氏(東京大教授・國華編輯委員)の言葉が、また格別。
この展示会では、名作が、あれこれの格闘や闘争を経て生まれたということをダイナミックに感じ、見た方に美術史家の気分になっていただきたいのです。
サイトの隅々まで読み尽くし、わくわく!わくわく!と心躍らせながら、いざ東博へと向かう。
繰り返される継承と創造
会場は、4つの章立てで構成されている。
- 祈りをつなぐ
- 巨匠のつながり
- 古典文学につながる
- つながるモチーフ/イメージ
今回は、それぞれの章で特に印象に残った作品、感じたことを書き留めておく。
◉第1章 祈りをつなぐ 〜大陸から日本へ渡り、日本独自の発展へ〜
奈良時代、大陸では仏像は石でつくるのが主流であった。しかし、日本には仏像づくりに最適な石が無く、これまでも銅や漆でつくることが多かったそう。
そんな日本の環境を受け、大陸からやってきた仏師たちが考えた ”新素材の仏像” が、この伝薬師如来立像だった。
唐招提寺より引用
”新素材” とは、カヤの木のこと。そして、カヤの木一本から仏像をつくるという、当時としては革新的だった手法「一木造り」が生み出された。
この手法は、平安時代に一気に広まる。木材が豊富、かつ木の扱いに慣れている日本だからこそ「一木造り」が広まったと言えるだろう。そのキッカケをつくった大陸の仏師の発想、素晴らしいなあ。
会場では、この伝薬師如来立像をじっくり360度ぐるりと観ることができる。木の厚みから生まれる重量感、そして流れるような衣の波模様が、特に美しかった。
続いてはこちら、 普賢菩薩像(ふげんぼさつぞう)。
匂い立つ、美しさ。これは、監修者である瀬谷さんの言葉だが、実際に見てみるとその表現がしっくりときた。
東京国立博物館より引用
平安時代では、万人成仏を説く「法華経」の信仰が女性の人気を得たらしい。崇拝の対象として描かれたのが、普賢菩薩だった。そのタッチは女性的で、繊細さや華麗さが際立って…… なんと言うか「キュンとする、かわいらしさ」を感じる。
よぉーく見ると、像は横向き、膝は正面向き、普賢菩薩は斜め向き、という風に、実際ではあり得ない構図だと分かる。リアリティよりも、見た目の美しさ優先で描かれた、美意識へのこだわりを感じる作品だ。
◉第2章 巨匠のつながり 〜模倣と模索の繰り返し〜
こちらは、雪舟による四季花鳥図屏風図(写真上段)。 手前から後ろへと背景が続く 奥行きある構図は、明の画家 呂紀(りょき)の四季花鳥図(写真下段)のテクニックを模倣しているらしい。
確かに、比べてみると、松のくねりや滝の流れる構図が似ている。
東京国立博物館より引用
さらに、雪舟の四季花鳥図の影響を受け、狩野元信も四季花鳥図を描いている。
狩野元信《四季花鳥図》和漢兼帯の型──「山本英男」:アート・アーカイブ探求|美術館・アート情報 artscape より引用
今回の展示では、「四季花鳥図」というテーマでこれら3作品を比較して観ることができる。
監修者の島尾さん曰く、「雪舟は、明の画家 呂紀の構図に影響を受けて四季花鳥図を描いた。さらに、狩野元信は、雪舟の四季花鳥図を、より日本人受けする構図(やまと絵の要素を盛り込む)へ変化させた。雪舟は、”漢”と”和”の間をとりもったことが見えてくる」とのこと。
なるほど〜。3作品を俯瞰して捉えることで、見えてくることってあるのですねぇ。
明の新しい表現技法を積極的に学び、取り入れた雪舟。さらに、和との融合にチャレンジした元信。
この二人の、新しいものを拒まずに取り入れる勇気が名作を生んだのだろう。
続いては、伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)だ。
若冲は、もともと京都のおぼっちゃまである。家業を弟に継がせ、自分は大好きな絵を描くことに没頭するという、比較的自由な生き方をしていたようだ。
こちらが、伊藤若冲の代表作 仙人掌群鶏図襖(さぼてんぐんけいずふすま)だ。
東京国立博物館より引用
実にユニークである。
仙人掌(サボテン)と鶏の独創的なマッチング、尾っぽのC型の躍動的な表現、鶏のユーモラスな表情、バランス感覚の良い全体構図など、オリジナリティが確立している感じがあり、個人的にすごく好きな作品。
「若冲という人は、ある天才が何かを創造したと言うよりも、すでに出来上がっている形を模倣して、そこから独特な形を作り出す画家なんです」と、監修者の佐藤さんは言う。
え〜、なんだか予想と違う……!
私が感じたオリジナリティも、既存のものの模倣から生みだされた、新たな形だったのですね。好き勝手に生きた自由人のイメージが強かったけれど、意外と真面目にコツコツと模写などをしていたのかしれない。
若冲のイメージが少し変わった。そして、益々好きになった。笑
余談だが、今回の展示にはなかったけれど、若冲の作品で特に好きなのは、樹花鳥獣図屏風(じゅかちょうじゅうずびょうぶ)。いつか、観てみたい作品の一つ。
◉第3章 古典文学につながる 〜共通認識から生まれるイマジネーション〜
伊勢物語であれば「八橋」、源氏物語であれば「夕顔」や「初音」だったりと、誰もが知っている名シーンがある。この章では、それらのシーンを彷彿とさせる美術品が紹介されている。
この尾形光琳の八橋蒔絵螺鈿硯箱(やつはしまきえらでんすずりばこ)は、伊勢物語で、在原業平が、燕子花(かきつばた)を前に、妻を想い名歌を詠む名シーンをモチーフとした作品だ。
東京国立博物館より引用
#この名歌については、こちらの記事(和歌から学ぶインスタの心得 - ブラレイコ)にも記載。
この硯箱には、在原業平は描かれておらず、燕子花と橋だけの絵のみである。
にも関わらず、当時の人は皆「伊勢物語の八橋のことだ!」と想像が出来てしまうらしい。この感覚について、監修者の小松さんがわかりやすく解説をしてくれている。
「公家にとっての文学は、証券マンにとっての株価と同じように、趣味ではなく生活の糧。伊勢物語や源氏物語、有名な短歌は、きっちり頭に入っているから、モチーフの組み合わせだけでピンとくる。絵画も工芸もそれを前提としているので、斬新な抽象化にも臆することはありません」
そう思うと、第3章で紹介されている作品は、この時代だからこを成り立った、ある意味特殊な作品に思えて興味が深まる。
◉第4章 つながるモチーフ/イメージ 〜継承と創造が生み出す、美〜
この章では、以前京都の国宝展で出会い感銘を受けた、長谷川等伯の松林図屏風に再会出来たのが何よりの喜びだった。
東京国立博物館より引用
この水墨画の代表作とも言える等伯の作品も、中国絵画の影響を大きく受けているらしい。
大陸からの技法を受け継ぎ、そして自分自身のオリジナルな技法を模索し、苦労の末に表現の境地に辿りついたのだろう。
#松林図屏風についは、こちらの記事(京博「国宝」レポート②〜心に残った5つの国宝 - ブラレイコ)にも記載。息子を亡くした悲しみの中で描く等伯について解説している。
第4章では、等伯以外にも、菱川師宣の「見返り美人」や、岸田劉生の「野童女(のわらわ)」などいずれも名作の数々が展示されている。そして、それら作品のモチーフとなった別作品を知ることができるのだ。
独創性のある作品であっても、何かしらの影響を受け、そこから発想が生まれていることがわかる。
美術は國の精華なり
展示会を観終えて思う「つながり」というテーマの深さ。
現代に受け継がれている名作の数々は、ある日 突然生まれたものなど一つもない。いつの時代も、名作が生まれる過程には、模倣と模索の苦悩があった。時代を超えて、国を超えて、継承される「美」があり、そこから創造される新たな「美」があるのだ。
それはまるで、複雑に絡み合う歴史そのもののようだ。
夫レ美術ハ國ノ精華ナリ(それ美術は國の精華なり)
これは、岡倉天心が 創刊した美術雑誌「國華」創刊の辞の言葉。
精華とは「そのものの本質、最も優れている点」を意味する。つまり「美術はその国の真髄」というメッセージなのだろう。
今回の特別展は、美術雑誌「國華」創刊130周年記念の企画であり、研究者たちも編集に携わったとのこと。
美術史を通じて、複雑に絡み合う「つながり」を知るプロフェッショナル故に、たどり着いた特別展のテーマなのかもしれない。
実に深く、見事な特別展であった。
#「國華」は明治22年に創刊され、現在も発行を続ける世界最古の美術雑誌である。調べてみると、最新号が1469号とのこと。(桁が凄すぎる!)
最後に、壇蜜さんありがとう
どうしても言っておきたいことがある。
この特別展、音声ガイドのナレーションが壇蜜さんだったり、宣伝番組にも出演していたりと、やたら壇蜜さんを推しているのが、当初意外だなと思っていた。
だが実際に体験してみたら、意外どころが、すごくマッチしていて良かった!
ナレーションが上手い訳では無いのだけど、品がありつつも独特の鼻にかかる艶っぽい声が良かったし、何より壇蜜さんが再現した見返り美人が本当に美しかったあ。
ファンになりました。
4/28に放映された番組は、見逃してしまい残念。
再放送に期待!
楽しみはつづく☺︎
小笠原家から学ぶ、真の礼法
睦月に想う、季節と言葉とネイル
旧暦の睦月も、もう終わり。
睦月の「睦」は、『親しくて仲がよい。むつまじい。親しくする。むつぶ。』を意味している。
一年のはじまりの月に、人との繋がりを連想させる「睦」が使われているのは嬉しい。
季節の移ろいのなかで出逢う言葉がある。
中でも、春の言葉は特別だ。
かつて旧暦で過ごしていた時代、一年のはじまりは春と共にあった。
そんな始まりの「春」。その語源は古く、自然の姿から生まれた ”やまとことば” だという。
天気の「晴る」、草木の芽が「張る」、万物が「発つる」、田畑の「墾る」、目を「見張る」などに関係し、広々として見通しが明るくなること、万物が清明な様子をいう。「はる」に「ふ」をつけると「はらふ」。
「和暦 日日是好日」より
今回は、春のはじまりに出逢った、お気に入りの言葉たちを記録する。